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第7話「諦めた三十年」

義母の手紙を読んでから、悠介は、眠れない夜を、いくつも、過ごした。京都。工房。あきらめた道。「あの頃に、戻る」という、ノートの一行。それらが、夜ごと、暗い天井の上で、形をなさないまま、ゆっくりと回り続けた。志保の人生に、悠介の知らない地図が...
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第6話「義母の手紙」

義母の一周忌が、近づいていた。志保の母――悠介にとっての義母である松井ふみ子が亡くなったのは、ちょうど一年前の、よく晴れた春の日のことだった。八十一歳だった。最後の二年は認知症を患い、その介護を、志保がほとんど一人で背負った。施設に預けると...
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第5話「教室の正体」

その週の水曜日も、志保は、午後から出かけた。「友人に会ってきます」玄関で、いつもと同じ言葉を残して、志保は出ていった。淡い色のコートを着て、小ぶりの布の鞄を肩にかけていた。その鞄を、悠介は、初めて、きちんと見た。手作りの、藍色の布の鞄だった...
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第4話「娘は知っていた」

「待つよ」と志保に言ってから、数日が過ぎた。悠介は、その言葉を、守ろうとしていた。志保が「順番に話す」と言うのなら、待つ。問い詰めない。妻の部屋を、もう、勝手に開けない。家計簿も、探偵のサイトも、見ない。そう、自分に、言い聞かせていた。だが...
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第3話「家計簿の余白」

染め物のノートを見つけてから、悠介は、夜、よく眠れなくなった。布の端に縫い取られた「し」の一文字。赤茶けた染み。「あの頃に、戻る」という、別の声のような一行。それらが、夜の暗がりの中で、何度も、形を変えて浮かんできた。志保には、誰か、いるの...
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第2話「染みのあるノート」

離婚を告げられてから、三日が過ぎた。その三日間、悠介と志保は、ほとんど口をきかなかった。朝食は、これまでどおり、志保が用意した。悠介は、これまでどおり、それを食べて事務所へ向かった。表面だけを見れば、何も変わっていない。だが、二人の間には、...
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第1話「予定外の朝」

日曜日の朝は、三宅悠介にとって、一週間でいちばん心の落ち着く時間だった。平日は設計事務所で図面に向かい、土曜も施主との打ち合わせで埋まることが多い。日曜の朝だけは、誰にも急かされず、庭の木を眺めながらコーヒーを飲むことができる。その朝も、悠...